別冊『鎌倉手帳』

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2013年6月19日水曜日

東大寺開山の良弁と鎌倉の伝説

聖武天皇が創建した奈良の東大寺

開山に迎えられたのは良弁(ろうべん)。


良弁は伊勢原市の大山寺を開いたとも伝えられる僧で、一説には相模国の出身だといいます。


(鎌倉)

鎌倉の由比ガ浜にある「染屋時忠邸跡碑」によれば・・・

染屋時忠は藤原鎌足の四代目の子孫に当たり、奈良東大寺を開いた良弁の父であるといいます。




東大寺に伝わる伝説によれば・・・

良弁の両親は、観音菩薩に願ってやっと子を授かりますが、その子は金色の鷲にさらわれ行方不明となってしまいます。

あるとき、興福寺の義淵が春日神社に参詣しようとすると、途中の杉の梢に赤子をみつけました。

その子が、のちに東大寺を開いた良弁だったといいます。

二月堂の前の「良弁杉」は、そのいわれの木と伝えられています。


(鎌倉)

鎌倉にも「染屋時忠の娘が鷲にさらわれて・・・」という伝説が、塔ノ辻をはじめとする各所に残されています。


~参考~

染屋時忠の先祖だという藤原鎌足は、鎌倉の地名の由来ともいわれる「鎌槍伝説」を残した人物。

「鎌槍伝説」は、鶴岡八幡宮浄妙寺に伝えられています。


(鶴岡八幡宮)

(浄妙寺)


鎌足の子不比等は平城遷都のあった710年(和銅3年)に奈良興福寺を創建。


不比等の子武智麻呂、房前、宇合、麻呂の兄弟は、奈良時代に政権を握り「藤原四兄弟」と呼ばれました。

不比等の三女光明子(光明皇后)は734年(天平6年)に鎌倉最古の寺といわれる杉本寺を、不比等の次男房前は736年(天平8年)に長谷寺を創建したと伝えられています。



そして、鎌足の四代目の子孫という染屋時忠は、710年(和銅3年)に鎌倉最古の神社といわれる甘縄神明神社を創建したと伝えられています。



時忠は藤原四兄弟のうちの誰かの子なのでしょうか・・・。

長谷寺を創建したという房前と時忠の関係はどういうものなのでしょう。

染屋時忠という人物が実在したのかどうかも不明なのだそうです。

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