別冊『中世歴史めぐりyoritomo-japan』




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2013年9月5日木曜日

源義朝に仕えた渋谷金王丸・・・金王八幡宮:渋谷区

平治の乱で敗れ、東国へ落ち延びようとしていた源義朝主従八騎のうちの一人だったという渋谷金王丸。

金王丸は、義朝が尾張で長田忠致に暗殺されると、そのことを常盤御前に伝え、自分は出家して土佐坊と名乗り義朝の菩提を弔ったと伝えられています。


金王八幡宮
金王八幡宮(渋谷区)

金王八幡宮は、金王丸の祖父河崎基家が創建した神社。

当初は渋谷八幡宮と呼ばれていたそうですが、金王丸の名声によって金王八幡宮と改められたといいます。


金王八幡宮

金王八幡宮
金王丸御影堂




1185年(文治元年)、土佐坊昌俊は、源頼朝の命により、京堀川の源義経邸を襲撃しました。

襲撃は失敗に終わり、土佐坊昌俊は六条河原で梟首されています。

この土佐坊昌俊義朝の死後出家した金王丸なのだといいます。

金王八幡宮には、頼朝が金王丸を偲んで植えたという「金王桜」が残されています。



早川城址(綾瀬市)

早川城は渋谷重国の居城。重国は金王八幡宮を創建した河崎基家の孫。

一説によると、金王丸は重国の子だともいいます。







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源義朝最期の地


土佐坊昌俊の源義経襲撃


源義経


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